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  • 執筆者の写真sorairo

HPでのブログを始めます。

こんばんは。そらいろです。

これまで、ブログはアメブロで書いておりましたが、あっちもこっちも・・・ができない私は、なかなか更新もできずにおりました。

前からずっと、HPの充実を頑張りたいと思っていて。

コミュニティ食堂として、もっともっとちゃんと自分たちの思いを伝えたいとも思っていて。

そのためには、しっかりと文字に残すこと。


このことを大切にしたいと思っていました。


本日まで、夏休みのお休みをいただいていて、その間に少しだけ自分が今やりたいことを形にしてみようかな、って思い始めたところでもあるので、一旦、アメブロの更新をお休みして、HPでのブログに専念することにしました。


夏休みの間、いろいろなことを考える時間に使ったり、はたまた何にもしない時間につかったり。

久しぶりに結構、のんびりとした時間を過ごせたように思います。


普段は、毎日が新幹線のように過ぎていく時間が少しだけのんびりと流れて。

こんな時間の流れ方、久しぶりだったし、なんだかとても贅沢な時間を過ごしているような感覚でいました。


バスケットの合宿やら、外でのお仕事もあったので、私の夏休みは2.5日。


この時間の半分ぐらいは家の掃除に費やしたのだけれど。

そこで、昭和54年の新聞記事が出てきました。私が生まれる前。


切り抜きになっているので、もはや何新聞かもわからないけれど。

(多分、東奥日報かなぁ・・・)

「職場のホープ」なんて題名で。

ー教壇に立つのが夢ーという見出しとともに、28歳のころの母親の写真。


「キャリアガール」「キャリアウーマン」という言葉がぴったりなのが戸沢さん。(母親の旧姓)なんて紹介されていました。


私の母親は、決して裕福な家庭ではなく、しかも8人兄弟の末っ子。1番上のお姉さんとは20歳も歳が離れていて、高校を卒業してすぐ、札幌で就職。

それでも、教壇に立つ夢が諦められず、25歳で短大に入り、その後、調理師学校で働いていました。

この新聞の存在は知っていましたが、じっくりと読んだことはなかったのです。

けれど、今回掃除をしていたら目が止まり。


こんな1文を見つけました。


「以前から女性でも、一生やれる仕事に就き、目的をもって人生をエンジョイしたい」


昭和54年。

この時代にこんなこと言って、自分のやりたい道に邁進していたのかぁと。


自分の親ながら、かっこいいじゃん。

素直にそう思っていました。


この新聞は母親が亡くなってずいぶんしてから、叔母から送られてきたもの。

父親が、ずいぶんと大切そうに持っていたから、しばらく実家においていたのだけれど、

先日、何を思ったか、父親が捨てようとしたので、救出。


私の家に持ってきたのだけれど、いろいろな書類に紛れていました。

ところが、ふと目にとまって読んでみたら。


背中を押してくれるようなこといってるじゃないですか。


最後にもう1文、引用。

「人を 教育する ことは、自分自身を常に錬磨し、高めていかないといけない。それだけに日々の積み重ねを大切にしています。」

ほんとにそう。


今の私は「学校教育」ではない立場にいるけれど、子どもたちと関わらせてもらっている以上、常にこのことを忘れてはいけない。

そして、お客様との時間をよりよくするためにも同じことが言えるような気がしている。







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